じごくのにこ

幸せに生きるための考えをまとめてます。

マナーや仕草は、美貌より何倍も大事

   

なんだか説教くさい感じのタイトルですみません。

「美しく見られるには仕草が大事!」

これ、よく言われていることだけど、本当だな〜と思ったのです。

美女のイメージが急落したお食事会

先日わたくし、仕事で知り合ったばかりの女性と2人でお食事に行ったのです。

お食事に行く前の、その女性への印象は

「オシャレで品のいい感じの美人」。

派手な感じではないけど、おしとやかでキレイな人だな〜と思っていたんですね。

しかし…2人でしばらく会話しながら食事をしているうち、

みるみるみるみる印象が変わっていき、最終的には…なんというか、

「キレイ」とか「美人」とかの印象は、ほぼゼロになっていきまして。

逆に「素朴で可愛い人だな」という印象が生まれたりはしたのですが、

それより何より、その短時間で崩れ去ってしまう「キレイ」「美人」の印象の儚さの方がショックで、ちょっと圧倒されました。

彼女に、一体何が起こったのか

この話の流れで、感のいい方はお分かりになると思うのですが、そうです。

「仕草」なんですね。正確には仕草以外の部分も原因にあったのですが、ざっくり言って「しぐさのせい」と表現してしまって問題ないと思います。

彼女の仕草が、彼女の見た目の美しさに追いついていなかったのです。

仕草って、ひとつひとつは、ごく些細なことなのです。ちょっとした間違いや仕草の癖は誰にでもあるもの。でも。その小さな、些細なことが積もっていくと、

「あっ、この人は仕草が美しくないぞ」

という印象になってしまう。彼女のしぐさの癖も、そういうものでした。

最初に気になったのは、お箸の使い方でした。彼女は、お箸についたマスタードを落とすために、お箸を両手に一本ずつ握ってこそぎ落としたんです。

この瞬間、平静を装って会話しながらも、私の脳内に無数の「?」が乱れ飛びました。

次に気になったのは、お箸でものを取り分ける時に、ものすごく肘を上げること。(脇と腕が95度くらいを作っている)

「!」

さらにその次。右手で食事を口に運びながら、左肘をテーブルに乗せている!!!

まさにこの瞬間でした。この瞬間、私の中に形成されていた彼女への「美」のイメージが、音を立てて壊れたのは。

「この人、仕草が雑だなぁ…」

すると、その瞬間まで気にも止めていなかったような色々なことが、次々と気になり始めます。こうなると止められません。

「そういえば、初めて間柄での食事なのに、連絡なしに遅刻してきたな…?」

「そういえばさっきから、食事の取り分けとか注文、飲み物や食べ物のペースへの気配り、私だけ一方的に動いてるような…?」

「前髪を長く垂らしてるの、可愛いけど、ちょくちょく、食べ物にくっつきそうになってる…食べてる間は耳にかけないのかなあ…?」

「えっ、よく見たら、ヒール脱いでソファーの上に足乗せてる…?」

あくまで平静を装って会話しながらも、ついつい細かいことを思い出したり、新たに気がついてしまったり。いや、これはもう、こういう細かいところをネチネチ見る方が性格悪いんですよ、もちろん。

しかし、やっぱり、美しいと思っていた人が、そうでもないのかも?となってしまうのって、話には聞いていたけど、実際に目の前でそれが起こると、こんなにも…っていうくらいショックだったんです…。

仕草やマナーに気をつけることで、印象を守る

そして思ったのです。

自分では気づかないような癖や、仕草、マナーに無知であることで、全然知らないうちに印象を下げていることって、想像以上にあるんだろうな、って…

ニコは、育ててくれた両親がその辺りのことに過剰にうるさかったので、「いやいや、マナーとか言葉遣いより、大事なのはハートでしょ!そんな表層のことでゴチャゴチャ言ってる方が恥ずかしいことでしょ!!」とか思っていた節があったし、実際今もその考え自体は変わっていないのですが。

こと、初対面の相手に対しては、ハートが伝わるより先に、仕草で判断されてしまうことが多いにあるな、ということが身にしみて分かりました。

「美人」とか「キレイ」というのは、印象の問題です。そして印象って、非常に繊細なもの。せっかく容姿を磨いて美しい見た目を誇っていても、仕草やマナーや姿勢など、ほんの少しの脇の甘さで、簡単に崩れ去ってしまう。良いことかどうかは別にして、印象とはそういうものですね。

仕草の大切さに、改めて気づかされた出来事でした。

ニコ

 - キレイへの道, 美しいということ